SL(が後ろについてる)列車に乗る

そしてSLが待つ横川へ到着。さっそく次に乗る列車をチェック…って、列車の先頭にいるのは「赤文鎮」ことディーゼル機関車DD51ではないか。そして編成の一番後ろにDが一個少ないD51蒸気機関車が後ろ向きに連結されている。
この列車はSLとDLまたはELのプッシュプル運転を行っており、今日は下り横川行きはSLが先頭に立つ「SL碓氷号」、上り高崎行きはDLが先頭に立つ「DL碓氷号」となる。Nが切符を取ったのはこのDL碓氷号。私はプッシュプルなのは知っていたがどっち向きにSLが連結されているかろくに調べもせず来たので、「SLが後ろにぶら下がってる列車」に乗ることを今知った(^_^;)
そしてNと合流してまずは編成全体の写真を撮りまくる。D51は黒くツヤツヤで美しい姿をしている。よく見ると現代の鉄道を走るのに必要な保安部品が取り付けられていて、停車中にもそれを動作させるためにバッテリーを搭載していると聞いた。停車中でも何かが動作しているウーーーンという音がしている。
客車は5両連結されていていずれもピッカピカ。さすがJR東日本ともなると古い車両もきれいに整備するものだ。今日は残念ながらオハニ36やスハフ32といった目玉車両はいないが、オハ47とスハフ42だけでも十分。とても懐かしい…。先頭のDD51は極めて普通の機関車だが、実はこの普通が今や貴重。全国的にもDD51の定期運用は名古屋近辺の貨物列車牽引の運用のみ。それも近々置き換わる予定で、DD51D51と同じように貴重な存在になっていく。
だから列車の先頭にD51でなくDD51がいることを残念には思っていない。むしろ…鉄ヲタ40年の歴史の中で、DD51が牽引する普通客車列車に乗った経験がどれだけあったかな?と。すぐに思い出せるのは、ED76が引く日豊本線とか、DE10牽引の久大本線とか。…あ、門司港と原田を行き来した筑豊本線の50系客車の先頭はDD51だった気がするな!!
しかし世間的にはやはりDLはSLより人気がなくDL碓氷号も指定席の予約は少なくガラガラ。列車の出発が近付くとそれなりに乗客が集まってきたが、私とNはそれぞれ1ボックス占拠で何ら問題なし。おかげで思う存分旧客列車の旅を堪能できる。
DL碓氷号が人気ない理由をもう一つ想像するなら、信越本線は横川から高崎までひたすら下り坂であり(高崎到着直前に高架橋に登るのはある)、DD51は出発時に少し力行したらあとはずっと坂を下っていくだけでエンジンの咆哮とか無縁。反対に横川行きはひたすら上り坂なので先頭のD51は煙をモックモックと吐き出して必死の力行。最後尾でDD51も唸っているはずである。この「走りごたえ」感でも下り列車に負けている。
出発直前になったらホーム上では地元高校生の和太鼓の演奏があったりといろいろ演出してもらっているが、これっていわゆる「音鉄」にとっては最悪の展開…出発時の一番録音したい時に和太鼓の音しか拾えない。まあ私は音鉄じゃないので問題ないが。
音鉄の次は写真鉄、沿線には列車を撮影するために待ち構えていた鉄どもが何匹もいた。やつらもDD51の貴重さは理解しているはずだ。もちろん、返しで最後尾のD51を撮るのも忘れていないだろう。
最後尾のD51は無動力で本当にぶら下がっているだけ、死重になっていると思っていたが一つ役割があった。出発時に長声一笛、「ここにSLがいるぞ!」と派手にアピールする役割があった(^_^;) DD51のホイッスルよりD51の野太い汽笛のほうが何十倍も趣きあるのは仕方がない。
旧客の外観および車内は極力往時のままにするよう努力しているのは感じた。私の乗ったスハフ42の窓枠はアルミだったが他の4両は木枠。おそらくわざわざ木に交換したのでは。だが私はアルミのほうが馴染みがあったりする。今日の天気が心配だったが現地に着いたらほどほどの好天、気温も高くなく低くなく、窓全開にするのに何の障害もない全くの窓全開日和\(^o^)/
窓框に腕と頭を乗せて風を浴びながら外を眺める。子供のころはいつもそうやって鉄道の旅を堪能していた。そうするのが当たり前であり、そこに特別の価値があると思ってなかった。今、その旅のスタイルがなんと贅沢なものだったのかと思い返す。今は窓が開く車両が少なく、開けられても冷房が入っているから開けるわけにはいかない。今日はその貴重な体験をする絶好のチャンス。誰が何と言おうと断固として窓全開。もっとも旧客は全車非冷房であり窓開けに文句を言うものは一人もいない。
昔のスタイルを取り戻して昔の良かったことをたくさん思い出していたら、列車は松井田を通過。そういえばこの列車は快速か(^_^;) 旧客に乗って駅を通過する経験というのは、私はあんまりしていない。私が物心ついたときには既に急行運用からは外れており普通列車でしか乗ったことがないからである。厳密にいえば快速運転する列車(北海道の41レ…函館発札幌行の夜行など)には乗ったことあるが、これはまた貴重な経験だ。
そんな感じで小一時間、たっぷりDL碓氷号の旅を堪能しきって高崎到着。ああもっと長い距離を走ってくれたらいいのに。話によると横浜発郡山行きの臨時列車とか運転することがあるらしいが、こういうのは予約が殺到して4人掛けボックスに4人乗車して狭苦しいうえに通路側に座ったら最悪の展開になりそうな悪寒。今日良かったのは車内がガラガラだったことが大きい。それにより4人ボックスに1人だけ座って思う存分やれたが、裏を返せばDL碓氷号の乗車率が悪いということであり、今後の存続に心配な点はある。みんなもっと乗ってね、でも混まない程度にね(^_^;)
そうそう、Nが言ってた不満が一つ。信越本線は全線がロングレールになっていて、走行中に「ガタンゴトン」と言わないのが物足りないと。うむ、確かに!私は旧客に乗れたのがうれしくてそこまで考えてなかった。
高崎では少し時間をとって、特急「草津84号」に乗車。こちらの特急券は自由席でも1300円近くするので高いが、その代わり空いてる車内でぐっすり休養。特に昨晩が夜行列車ムーンライト信州だったNは爆睡タイムである。ちなみになぜ今さらムーンライトなのかというと、昔ながらの夜行列車の旅ができるはず少ない列車であるというのと、残り1編成のみになってしまった189系の惜別、が目的だったそうだ。
その後は秋葉原にて友人HとMと合流、4人でステーキハウスで飲食した。Mはとある役所で要職についているが元気そうで何より。Mの子息は最近鉄ヲタとして覚醒しつつあるらしく、さすが親がこれだと子もそうなるわなと(^_^;) さらにNの姪も鉄ヲタが萌芽しつつあるらしい。Nの父親は国鉄職員だったので、その血が孫まで伝わっているのか。もしくは大鉄であるNの病原菌が姪に感染したのか(^_^;) 面白いこっちゃ。