締めくくりは開放寝台

北斗星は定刻に入線してきた。ホーム上は当然ながら鉄どもがいっぱい!といいたいところだがパンピーも必死に応戦(^_^;) 機関車の前は人だかり。もちろん上野駅のそれよりはかなり人数は少ないが。
おかげで、先月乗車した時は札幌駅で見ることが出来なかった、DD51の前面もばっちり撮影。見飽きて何とも思ってなかったDD51も、もうすぐ全滅かと思うとなんともいとおしい(^_^;) しかも、なんだか力強くて頼りがいがあるようにも見える。実際は同じ場所を走るDF200より圧倒的に頼りないが、重連でそれをカバーする姿にひかれる。しかしボディーはよれて波状になっており、流れた時の長さを思い知らされる。
私が乗車した2号車はオハネフ24 502というとても変わった車で、もちろん初めて乗った。元はオハネ24だったのを車掌室付に改造した車で、昔のオハネフ12みたいに扉の内に寄った側に車掌室ある。妻面には後から付けた感丸出しのテールランプがついていて、こいつが最後尾になったらさぞかしカッコ悪かろう。
24系24形なのでもう40年選手になっており、内装はかなりガタガタ。北斗星の車両は24系の中でも古い車両から改造されたものが多く、後に作られた24系25形の方が九州特急に多く用いられたせいで先に廃車されてしまった。
そんな開放B寝台車の車内は、先月乗った時と同様にパックツアー客で満席。私がゲットに成功した寝台はまさに奇跡だったのだなと実感した。検札に回ってきた車掌に、乗り遅れて空室になってる個室は無いかと執拗に食い下がってみたが函館で満室になったとのこと。個室に変更しようとした私の努力は全て無駄だった。
諦めがついたところで改めて自分の上段寝台を見てみると…自分がブルートレインにあこがれて仕方が無かった10代の頃、B寝台車は全て開放寝台だった。これに乗れた時の幸せいっぱいな感じを、40代になっても思い出させてくれる。寝台列車の締めくくりとしてはむしろ個室寝台よりこのカイコ棚がふさわしいのではないか。
と、言うわけで上段寝台で寝るのが楽しくなってきた。先月は早朝から起きだして窓にべったり張りついていたので、今回は終点直前まで寝台内でウダウダと寝続けるという贅沢を堪能することにした。
朝になってもウダウダと寝続けていたのだが、トイレに行きたくなったのでやむを得ず起床。外はすでに起きだした客がワイワイガヤガヤやっており、浴衣のままで外に出るのは恥ずかしかったのでスーツに着替えてしまった。昔は堂々と浴衣のままトイレに行ってたような気がする。
そんなわけで、東大宮のあたりから窓に張りついて外を眺める。もう終点まで40分くらいしかないが(^_^;)
大宮では当然ながら鉄どもが大勢、ホームから写真を撮っていた。線路を挟んだ向かいのホームにも大勢いたのだが、いざ北斗星が出発して、それを撮影しようとしていた連中の目の前を、貨物列車が通過して思いっきり遮る。しかもその貨物がめちゃめちゃ長い。思わずザマーミロと思ってしまった(^_^;)
そしていつものことだが、終点が近くなると切なくなる。もう降りなきゃならんのか。もっと先まで乗っていたい。しかし上野駅ホームは頭端式なので物理的に先には行けないが。10時過ぎに上野に定刻に到着。名残を惜しむ暇なく私は会社にダイレクトに出社した。
こうして、今度こそ最後かもしれない寝台列車の旅を堪能した。が、北斗星は8月まで週3で運転されるし、まだまだチャンスはある。毎回、これが最後と書いておいて何だが、まだまだ諦めてはいない。北斗星完全廃止後は、はまなすを狙うだろう。こちらは座席もついていて寝台列車とは言えないが、寝台車付の定期夜行列車としては本当にラストになるので、廃止前はさぞかし混雑するだろう。乗るなら今のうちである。