岩本大明神について

車で走っているときにカーナビの地図に「天形星神社」というのが目に入ったので、珍しい名前の神社だと思って行ってみたことがある。しかし神社の看板には、なぜそんな名前なのかについての説明はなかった。神社そのものはうっそうとした林の中にあるちょっと人気のない普通の神社だったが、神社名よりもっと気になったのが、境内に祀られていた岩本大明神。これ誰?なんで祀られているの?
境内の説明文によると、今の千葉県北西部の一帯に江戸時代に存在した小金牧(幕府の軍馬育成牧場)の行政を担当した岩本岩見守という人がいて、住民の願いを聞いて新田開発の許可をくれたので村が豊かになった。ので、住民たちが感謝の気持ちを忘れないよう大明神として祀ったのだとか。
しかし、これでは岩本岩見守が誰なのかわからん。有名な戦国武将に岩本という名前の人は見かけないし、江戸時代の旗本としかわからん。どこから来たどんな人なのか、そこが知りたいのに。
以後、岩本岩見守が誰なのか若干悶々としていたが、この辺一帯の中小神社を兼務している駒木諏訪神社のWebサイトにいわれが書いてあった。岩本大明神とは岩本石見守正倫さんのことで、お姉さんが11代将軍徳川家斉の母。すなわち将軍からは母の弟、「叔父」であると。…そらあ、出世しますわなあ。いくつかの重職を経て今の千葉県内にあった三つの牧場(房総三牧…小金牧、峯岡牧、佐倉牧)の取締支配に任ぜられた。各地で善政を施し、報徳碑が県内各地にある。とのこと…ええ人や。大明神に祀り上げられるほどの人物だったということですな。
さらに検索すると、岩本さんは峯岡牧でオランダから献上された外国産の牛を繁殖させ、牛乳からバターを作ったとか。
さらに「下総台地西部の牧とその周辺における薪炭林化(PDF)」という歴史地理学会の論文が出てきて、これによると岩本さんの善政の詳細は…まさに牧場経営の改革。経費を削り軍馬の生産頭数を上げる。そのために森林に手を入れて間伐を行い、放し飼いにしている馬が森林で寒暑をしのげる様にする。間伐すれば下草が生えて馬の食べ物になる。間伐材で薪・炭を生産して新しい収入源とし、一歩進んで薪炭生産のための植林事業を始めた。
牧場の生産性を上げるための様々な施策。バターを作ったのも農民に新田開発の許可を出したのも生産性向上の一環であろうか。なお、牧場内の新田なので馬が荒らしに来る可能性は予め農民たちに納得させていた模様。馬に田畑を荒らさせないためにも森林の間伐は必要だった様である。
全然知らなかったけど、地元の偉人さんですなあ。もっと有名になってもいいような気がする。